生命科学研究所(DD専門)

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新年のご挨拶

皆様、あけましておめでとうございます。
当研究所所長のフクナガでございます。

昨年はたくさんの拍手やコメントをいただきまして、ありがとうございました。
大変励みになり、こうして無事に新しい年を迎えることができました。
思えば昨年のDDデビューから早一年、いろいろな事がありました。
その中でも自分の中心にあったのは『メイク』であったと思います。
一年で実に24ものカスタムヘッドを制作できるとは思ってもみなかったので、柄にもなく自分自身に感動しております(笑)

2015年も精進していく所存ですので、よろしければ出来た子たちを見てやってくださいませ。
今までの子、そしてこれからの子ともども、よろしくお願い致します。


2015年1月3日(土)  フクナガ



<おまけ>
それぞれのお正月をお送りします。

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その時、南ことりは存在しない

─ 11/9(日) 12:02  第2研究室 ─

急遽決まった外出にむけて準備を進める俺。
ここでいう準備とは、ドールの着替えである。
行き先のことを考慮して研究所にひとつしかない制服をチョイス。
スタンダードな衣装ではあるが、ちょっと一手間を加えることで印象アップを目論む。
まあ言ってしまうとマフラーを巻くだけなのだが、それでも季節感がグッと増し好印象のはず。

難なく制服を着せ、あとはマフラーを巻くだけとなった。
しかし残念ながら俺がマフラーの可愛い巻き方を知っているはずもなく、あっさりと文明の力に頼ることにする。
インターネット世界に敬礼。
5分ほどの時間を要し、可愛いマフラーの巻き方(俺の主観)を会得した。
そしてそれを実行。
その最中、事件は起きた。いや、起きてしまった。


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憐れにも、イドルの記録は僅かしかない

時は金なり。

時間はお金と同じ大切なもので、有限であり無限ではない。
それゆえに無駄にしてはいけないのだ。   ── フクナガ ──


皆様はもったいないお化けというものを知っているだろうか。
そう、野菜などを模したナマハゲよろしく的な意味を持つ人外のことである。
まだ幼かった俺はゲラゲラ笑いながらブラウン管に映るそれを見ていたものだ。
まあ実際リアルに存在していたら笑う余裕などなく、必死こいて逃げ惑っていたことだろう。
そして、好き嫌いすることなく、またあますことなく全ての食物を摂取し、立派なアダルトになっていたはずだ。
そんなもったいないお化け氏が世の子供らに言いたかったのは、
「出されたものはきちんときれいに食べなさい!」
てことだと思うの。
つまり、もったいないことは慎むべし精神の植え付けである。

鳥類・哺乳類は生後ごく早い時期に身近に目にした動く物体を親として追従する特殊な学習を行う。
これが俗にいう『刷り込み』だ。
意味合いを見る限り、もったいないお化け氏のそれはこの刷り込みに近いと、いえなくもない。
我々人間は哺乳類であるから実に理にかなった戦略と、いえなくもない。
50:50理論を運用したもったいないお化け氏に敬礼。

だからこそ、全ての無駄をなくすよう刷り込まれた俺が、名古屋アイドールの開場2時間前に名古屋入りするのは当然のことなのだ。
無駄は敵精神ここに極まれり。

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属性と呼ばれるものが存在する物語は往々にしてある。
それはツンデレとかヤンデレとかそういった人の生き方、もしくは火や水といったその者が司る属性などが主流ではないだろうか。
もしも、自分をこの属性に当てはめるとしたならば、どうなるだろう?
ツンデレやヤンデレなんてものがリアルに存在するかはわからんけど、絶対ないと言い切ることはできない。
(まあ俺がツンデレであるわけもないので、ないと断じてもいいのかもしれないが・・・)
しかしながら、火や水を司るなんてものが自分にあるかと問われれば、10対0で『ない』だ。
自分にある可能性なんて1%もない。

では、解釈を変えてみてはどうか。
つまり、『火』ならば【情熱的】とかそんな感じでだ。

そんな見方を変える法則で自分を属性に置き換えてみると・・・
おそらく───

『闇』だな。

理由はいたって単純、用事がなければほぼ自宅を出ないし、人と喋るのが得意でもない。
自分診断をするならば積極的よりも消極的だ。
だから『闇』。

ただ、そんな自分が光をもらう時がある。
それは眩しくて心が弾む。
嬉しさが込み上げてくる。
辺りの闇が少しずつ晴れていくような感覚にとらわれる。
自分は、その光をもっと広げていきたいのかもしれない。

ふと、そんなことを思った。

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迂闊にも、フクナガ所長はタイトルを付け忘れる

【散財】
大辞林 第三版の解説において、
『金銭を使うこと。また金銭を無駄に使うこと』とある。
ふむ・・・財を散らすの意で上記の解釈となるのだろうか。

では財とは何か?
これに関しての答えは多岐に渡ると思うが、一言でいうならば『財産』だろう。
それは現金でもあるし、はたまた土地などの固定資産でもある。

それではここで問題。
これら財を得るためにはどうすればよいのか?

お金ならば労働が一般的であり、現実的といえる手法。
物や土地、建物といったものならば、言うまでもなくお金が必要だ。
つまり、労働をしてお金を得、それを物と交換する。
この流れこそが『財』を得る過程であり、また『財』そのものといえるのではないだろうか。
となれば、お金を使って物を得ることも立派な財の一部であり、それは決して無駄なことではない。
よって、今回の大阪アイドールで俺が散財したことは自分の新たな財を成したことになるのだ。

違うか?
・・・違うか。


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